明治末期~大正初年に全国的規模で展開された神社合祀政策。施策のモデル県と見なされた三重県では、10500余の神社が1100弱まで減少しました。伊勢市地域でもその影響は随分見られ、宇治山田町に一神社とする案まで登場し、激しい意見対立が生じました。人々はこの事態にどのように向き合ったのでしょうか。
合祀問題当時の様相とその後を、紀伊田辺で激しい反対運動を行った南方熊楠の主張内容と合わせて、ご紹介したいと思います。
合祀問題当時の様相とその後を、紀伊田辺で激しい反対運動を行った南方熊楠の主張内容と合わせて、ご紹介したいと思います。
講師紹介
櫻井 治男
皇學館大学名誉教授
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